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住まいと暮らしの教育

自分の暮らしをデザインできる人を育てる

取材:東京学芸大学 名誉教授 小澤紀美子先生

■住まいや暮らしの教育

住教育とは、住まいやまちで、安全に安心して暮らしたいという思いや願いを「かたち」にし、住まいを文化として愛おしむ価値観を育て、住生活や住環境をより豊かに魅力的につくりあげていくための教育です。

住居の中にかかわることは、「家庭科」と思われがちですが、家庭科というと、どうしても被服や食物といったイメージが大きいといえます。そこで今回は、このガイドラインのどこにも「家庭科」という文字を入れませんでした。

住まいとくらしの視点から、教科等を横断して取り組むことのできる「住教育」では、人と人、人ともの・こと、人と空間、人と環境など多彩な複合的な関係性の中で、どう生きていくのか、ということを学びます。自分の暮らしを自らデザインし、互いの価値観を認めあい、自己実現をしていく力をつけていくことを目的としているのです。

自由な発想で住教育を扱ってもらうためにも、家庭科の枠にとらわれず、さまざまな教科で住教育を発展させ広げていってほしいと願っています。

またこの冊子は、生涯学習教材としても使うことを考えて作りました。

今、一番教育界に求められている「考える力」、「生きる力」を養い、さまざまな体験や人との関わりを通じて学んでいくために、住教育は大きな力を持っているのです。

■住生活基本法と住教育

住生活基本法は、「豊かな住生活」の実現をうたっています。「豊かな住生活」を実現するには、幼児期から高齢期まで、住まいや暮らしについて考え、学ぶことが不可欠だろうと思います。

戦後60年経って、住宅の価値が量から質にうつってきました。これからは、「どう暮すのか」、「どう伝えていくのか」ということについて、すべての人が責任を持って考えていかなければなりません。

住教育は、生活者が自らの暮らしをいかに組み立て維持していくか、という「生活者の目線」を育てるものなのです。

■住教育の現状と期待

建築の勉強をした教員はいますが、住まい方や暮らしのデザインを系統立てて勉強した教員はほとんどいないのが現状です。ですから学校教育現場の先生たちは、非常に大変だと思います。

これまで日本の教育方法は、ものごとの成り立ちや原理をあまり教えてきませんでした。知識を単体としては教えても、それを貫く軸を教えてこなかったのです。それでは、問題解決能力や応用能力は育ちません。

また、学習の成果を知識の量で測ってきました。しかし、「生きる力」は、量的に測れるものではないはずです。

住教育では、教科や題材は選びません。知識を教えるのではなく、考える力を重視するからです。

例えば国語では、昔の物語に出てくる家を題材に昔の人の暮らし方を考えることができます。例えば素敵なまちはなぜ素敵なのかを考えてみてほしいのです。素敵だと感じる理由を考える、それだけでも充分考える力がついてくるのではないでしょうか。

さらに、人間は社会の中で生きています。生きていくために、人とまちがどうつながっているか、人はまちをどう維持していくのかといった、他者とのつながりについて考えることも重要です。

多様な価値観、多様な文化を認めながらどう生きていくのか、住教育を通して伝え、豊な暮らしをデザインする人を育てることが、住教育の目標です。

この考え方は、特に新しい考え方ではありません。人間はイマジネーションを膨らませ、それを他者に向かって表現する生き物です。多様な個性をぶつけ合いながら生きることが、本当に「生きる」ということだと思うのです。

だから、与えられた知識の塊を持っているだけではだめなのです。その塊を分解してつなげていく力を育み、真の教養や生きる軸を得るのが住教育であると考えているのです。

■子どもたちに伝えたいこと

消費者ではなく、生活者としての視点を育んでほしいと思います。人間は生態系の中に組み込まれています。日本の気候風土を考えた暮らし方、他者との関係を理解した住まい方を考えられる人になってほしいのです。

例えば住空間と家族の関係を考えていくと、近すぎず離れすぎず、語らうのに適切な距離、「ほどほどの距離」のニュアンスを学ぶことができます。これは人間関係において居心地が良い関係を考えるきっかけになります。また、災害、犯罪から身を守るには、自分の家だけでなく、まち全体の治安を考えなければならないことに気づくでしょう。そして、そのための暮らし方やルールを、まち全体として考えることが必要であることに気づいていくはずです。

住まいをとおして思考力、判断力を養い、先人の知恵に学びながら生きる力を体得してほしいと思います。

■海外の住教育

外国には多くの民家園があります。当時の暮らしを再現してみせている施設もあります。「民家の歴史は民族の誇り」というとらえ方をしているのです。

ヨーロッパやアメリカなどでは、家の手入れも人まかせにせず、自ら行うことが多いようです。日本の家は30年もすれば壊してしまいますが、外国では100年を超す家も珍しくありません。自分で手入れをして長持ちさせる、そういった文化は親から子へ伝えられていっています。

また、イギリスなどでは人工環境について学ぶことが一般的に行われています。人間は、そのままの自然の中では暮らすことができません。人間が暮らしていくための人工環境づくりはその国の文化であり、人工環境は文化そのものともいえるのです。

日本は地震の多い国だから地震に強い家を作る文化が育まれました。木が多かったから木造軸組工法が生まれました。このように、それぞれの国や地域にあったものを使って家を作るのが文化であり、そういったことを考えるのも住教育の目的の一つです。

生きていく力は知識の量ではありません。住教育に限らず、物事の成り立ちや概念を知らないと学んだことにはなりません。問題解決能力やコミュニケーション能力、知識を活用する力は、自ら考える学習をしないと身につかないものです。

人間は、体験と学習を結びつけていく生き物です。気づき、理解・認識し、考え、実行し、表現するといった人間を育てていくのが住教育なのです。