戦後から近年に至るまで、我が国の建築物をめぐる状況は、戦災復興、高度経済成長期の企業の生産施設整備、ニュータウン開発等による住宅整備やいわゆるバブル期の業務施設等の整備などに代表されるように、新たな開発地や劣悪な既存建築物を除却した土地において、如何にしてより良質な建築物を新たに供給するかを追及する「フローの時代」であった。
一方、近年では総世帯数約4,400万世帯に対して約5,000万戸の住宅が存在するなど量的な住宅不足は解消したこと、中心市街地において既存建築物の床が余剰状態となっている都市が多数存在すること、不動産ストックの資産価値向上への関心が高まっていること、住宅のリフォームや既存ビルのコンバージョンが新たな投資分野として注目を集めていること等に見られるように、これまでの「新たな建築物の供給」から「既に存在する建築物をどのような条件下でどのように活用していくか」が重要なテーマとなってきており、まさに「ストックの時代」を迎えている。
平成15年7月26日の宮城県北部を震源とする地震により、古い木造建築物を中心に、1,000棟以上の建築物が全壊した。また、6,400名余の死者が発生した阪神・淡路大震災においては、大破以上の被害を受けた建築物のうち94%が現行の耐震基準を満たさない建築物であったなど、昭和56年以前に建築された建築物について被害が顕著に見られた。
さらに近年、東海地震、東南海地震、南海地震など甚大な被害が生じることが想定される大規模地震の切迫性が高まっており、このことを受けて「東南海・南海地震にかかる地震防災対策の推進に関する特別措置法(平成14年法律第92号)」の制定、「東海地震緊急対策方針(平成15年7月29日閣議決定)」の決定等が行われている。
火災についても、44人の死者が出た平成13年9月1日の新宿区歌舞伎町雑居ビル火災に見られるように、防火・避難に関する最低限の基準を満たしていない既存建築物が危険なまま多数存在しており、これらが改善されることなく放置されれば、再び大惨事が発生することも懸念される。
既存建築物の安全性確保については、平成7年に発生した阪神・淡路大震災によって改めてその必要性が認識されたところであるが、平成10年に行われた建築基準法改正時には、建築物のストック対策以前に、確認検査等のフローの段階ですら法令遵守が徹底できていない状況を改めることが急務とされた。
平成10年の改正において、確認検査業務の民間開放、中間検査制度の導入、確認検査等に関する図書の閲覧制度の整備を行った結果、例えば完了検査率が向上(改正以前:3割程度→平成14年度:7割弱)してきているなど、フロー段階の対策については、制度的な整備を行うことにより、建築活動における規律を高め、一定の成果を見てきている。
しかし一方で、建築物ストックの安全性確保に関しては、例えば耐震基準を満たしていない既存不適格建築物が住宅で約1,400万戸、非住宅建築物で約120万棟存在すると推計されており、防火・避難基準についても竪穴区画の設置規定に関する既存不適格の可能性がある建築物が約10万棟存在すると推計されているなど、現行の最低基準を満たさない建築物ストックが膨大な数で存在しており、早急にこれらについて、安全性確保を図ることが必要である。