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高齢者の住宅

人生90年時代の備え

明治大学理工学部建築学科 園田眞理子教授

 高齢社会のライフステージと住まい

 近年、日本は一気に高齢社会へと突入しました。その進展のスピードは、他のどの国でもなかった急激なもの。とりわけ大都市圏では、多くの人口を成す戦後核家族がリタイア。いうなれば、人も、地域も、経験したことのない事態を迎えているのです。当然、お手本とするケースも存在しません。
 こうした状況にうまく対応し、安心・安全で快適な社会づくりを推進していくには、これまでとまったく異なる新たな視点、発想の転換が求められます。高齢者の意識はもとより、高齢者やその住まい方に関する概念や常識を根本的に変えなければなりません。


 ライフステージをよりきめ細かく見ていく必要性

 いま、65歳の人に、「高齢者」と呼んだら、きっと怒られてしまうでしょう。だからこそ、ライフステージをよりきめ細かく見て、それぞれの住み方や住み替えなどのタイミングに合わせた捉え方をすることが必要なのです。
 ひとつの提案として、こんな見方があります。

55~65歳 成熟期
人生で最も可処分所得の多い時期
65~75歳 引退期
年金生活に入るが時間的ゆとりは最もある時期
75歳~ 老後期
介護などが必要になってくる時期

 このライフステージに沿って、ギリギリのタイミングではなく、前倒しにリフォームや住み替えを考え、「サービス付き高齢者向け住宅」などの情報を仕入れ、次の局面に備えるといった人生90年時代に合わせた考え方と行動が重要です。


 失われた5年間

 また、このライフステージの考え方を現在の人に当てはめると、単に60歳や70歳になったからというだけでなく、それぞれの人たちの生年によって価値観もテイストも大きく異なるというもう一つの見方が必要です。その代表例が、大きな人口をもつ、団塊世代です。

 ちょうど5年前の、大量の団塊世代が定年を迎えようとしていた時、「2007年問題」と称され、一大シニアブームの到来が予測されました。しかし、現実はそうなりませんでした。リーマンショックによって人々は守りに入り、さらに、昨年の大震災が決定的でした。ほんとうは、彼ら彼女らが成熟期のうちに老後への準備をしっかりと行ない、今後のお手本をつくるべきだったのに、先行きの見えない不安感がそれを阻んでしまったのです。
 そして、今年2012年とは、団塊世代が年金生活に入る最初の年。いよいよ引退期を迎えてしまったのです。

 さらに、日本のシニアの高い持家率が、かえって「老後の新しい住み方」のお手本づくりを妨げる要因になっています。住む場所がなくて困るという人は意外に少なく、老後への備えが後手に回ってしまうことに。一人暮らしや介護に直面してあわてふためくという事態は何としても避けたいものです。もう時間的余裕はあまりありませんが、団塊世代自らが自分たちのこれからの20年、30年を見据えて、主体的にアクションを起こすことを期待します。


 高齢者住宅は、確かな未来投資

 一方、「高齢者住宅」の具体化は、もはや待ったなしです。引退期の次には、老後期が待ち受けているわけで、一人暮らしや高齢者のみ世帯では、生活支援や介護・医療サービスがどうしても必要になってきます。昨年、改正高齢者住まい法により、「サービス付き高齢者向け住宅」という登録制度がスタートしましたが、その内容はまだまだです。それらの質を上げるためにも、人々が老後の生活基盤そのものといえる「住まい」にもっと関心を持つことが重要です。

 老後は、どんな資産運用よりも、次の住まいへの備えが毎日の生活の質に確かなリターンをもたらしてくれます。また、それが、このうえないリスクヘッジなのです。高齢者といえども、次に備えた間違いのない布石を打っておくべき。元気な、自分で判断できるうちに、自分たちのための未来投資を、ぜひ考えてみてください。質の高い良い「高齢者住宅」が増えれば、それは次に老後を迎える世代への大きなプレゼントにもなります。


 住まいの、地域の価値を守っていくために

 自分が元気なうちに、次のライフステージに備えて行動することには、もうひとつ大きなメリットがあります。住宅の価値が最も高い時に売却、あるいは賃貸すれば、当然、自らのニーズに最もかなった次の住まいの確保につながります。またそれは長年手塩にかけた住まいや街を次世代に引き渡すことを意味します。

 そうするためには、住宅や街の価値を劣化させない努力が必要です。住宅や住環境の質が下がれば、結局、空き家や空き地が多くなるばかり。自治体の税収も下がり、維持管理や整備が追いつかず、さらに価値が下がるという負のスパイラルに。
 それを予防し、よりよく住宅や住環境を保つための行動をするかしないかで、住まいや街の価値に大きな差が生まれます。良いマンションが、主体的、活動的な管理組合に支えられているように、戸建住宅地でも地域住民が互いに協力すればよいのです。地域住民が協力して遊休地を買い取り地域の新たな拠点をつくる。地域住宅管理会社を設立し、エリアマネジメントを行なう。ダイナミックな発想とアイデアがいまこそ必要です。

 また、住宅を供給する側も、そこに住めばどう生活が変わるか、どんな安心が得られるかといったコンテンツ提供の良否が事業の成否となります。「箱」だけを提供すればビジネスになった時代はもうとっくに終わっています。住宅産業は、住生活産業へ。まさしく待ったなしです。