長屋に入る路地の入り口には、門の形をした木戸がありました。この木戸は日の出から日の入りまで開いていて、不審者(ふしんしゃ)が入らないようにしていたのです。長屋各戸には水道がないので、野菜を洗ったり、洗濯するには路地奥にある共同の井戸を使っていました。この井戸の水を流したり、雨水を流すための溝が、長屋が向かい合う路地の中央にあります。井戸の周りでは、いつも人が集まり、ご近所同士での会話もはずんで、「井戸端会議」ということばも生まれました。また、便所やごみ置き場も共同で使っていました。 そして長屋をもっている地主は、その土地ごとに稲荷神社を建てておいて、この地域に災いが起きないように祈念しました。ですからこの時期、江戸の町には数え切れないほどの稲荷神社がつくられたのです。 共同便所は今のように水洗ではないので、排泄物がたまります。これは大切な畑の肥料になるので、近郊の農家に売っていました。しかし勝手には売れません。売るのは、長屋の世話役である大家さんの特権でした。
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