子ども部屋が日本の住まいに初めて登場したのは、大正時代に流行した「文化住宅」という、新しい形の住まいからと言われています。それまでは、家のどこかで、寝たり、勉強したりしていたけれど、寝るときと勉強するところは別のことも多く、「子ども専用の部屋」は用意されていませんでした。大正時代、「子どもの人権」や「子どもの文化」などについての考え方が欧米から入り、子どもは、一人の人間として大切な存在と考えられるようになりました。そして、住まいの中にも子ども専用の部屋をつくろうとする動きが見られました。そこで、西洋式の暮らし方や部屋のつくりを住まいに取り入れた「文化住宅」の一室として、子ども部屋が登場することになりました。 伝統的な日本の住宅は、家族が集まる部屋よりも、家の主人やお客さんを大事にするつくりで、台所も住まいの隅に追いやられるなど、使いにくい部分もありました。そこで「文化住宅」ではこれらを改め、家族のプライバシーを尊重したり、居間をつくったり、台所を使いやすくしたりと、住まいをよりよくする目的でつくられていきました。 大正時代から昭和初期まで、このような文化住宅を手本にした住まいに暮らしたのは、洋風の生活を受け入れられる一部の人たちですが、理想的な住まいとして、長い間憧れの的となっていました。
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