農家の台所
  日本の農民の住まいは、古代以降しばらくは竪穴式住居が多かったようです。しかし、中世のころから平地式住居に住むようになりました。つまり、穴を掘らない形の簡単な構造の住まいに暮らすようになったのです。この住まいの中は、土間と板やワラなどを敷いた部屋に大きく分けられ、部屋は寝室や納戸、居間などに使われました。
 土間は屋内の作業場や物置を兼ねていましたが、調理用の竈(かまど)も置かれ、ここで湯を沸かしたり、米を炊いたりしていました。竈は、古墳時代中期ころから見られる設備ですが、粘土をつき固めて火の部分を覆っているため、炉よりも効率よく火力が利用できました。また、板の間の土間寄りには囲炉裏がつくられていていました。この囲炉裏は暖房にもなりますが、火の上に鍋を吊るして副菜を煮たり、火の周りにクシに刺した魚を立てて焼くなどの、調理もできました。
 家族は、この囲炉裏を囲んで食事をしていて、今で言うダイニングキッチンのような雰囲気だったのではないかと想像されます。

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